2012年4月の一冊『幸福な食卓』

「出会い」と「別れ」と「大切なもの」のお話

受験シーズンと新入生をお迎えするシーズンがようやく一段落しました。別れの季節である春。今年はいつもに増して寂しく、でも新たな出会いがその寂しさを少しだけ和らげてくれました。
卒業生が真新しい制服に身を包み、塾を訪れてくれることや新入生たちの溌剌とした笑顔が嬉しい最近です。今日紹介する本は、出会いと別れ、そしてそれを超えて「変わらない大切なもの」がテーマの小説です。
年一回しか更新されないダメなコーナーですが、楽しみにしていただいている方もいるようなので、今年度はもっと頑張ります!

『幸福な食卓』  瀬尾まいこ / おすすめ学年 小学6年生~中学3年生

瀬尾まいこの本はいつも温かさに包まれています。自分の「読みたい本リスト」にずっと書かれていましたが、読む機会のなかったこの本。読み終わった時に震えが来ました。
「父さんは、今日で父さんを辞めようと思う」そんな衝撃的な一文で始まるこの小説。家族の描き方が秀逸で、主人公佐和子を包む兄、父、母はそれぞれ個性的ですが、発する言葉の端々に思いやりと優しさを感じます。お気に入りは兄の「直ちゃん」。天才児が上手く生きられなくなってしまった苦悩が、鮮やかな筆致で読者にビシビシと伝わってきます。一人ひとりの登場人物の会話における言葉のセレクトが素晴らしく、これが瀬尾まいこのセンスなのでしょう。物語はゆっくりとほっこりと進み、このまま終わるだろうと思っていたところで、まさかの展開に。 終盤の佐和子のたたみかけるような心情描写の巧みさに胸を打たれました。瀬尾まいこは中学の国語教師ですが、完全なる敗北感を感じました。小説の持つ力、言葉が持つ力を再認識させられた、そんな本です。

毎朝喫茶店で本を読んでいるわけですが、朝から喫茶店で目頭をハンカチで押える30歳の姿は、さぞおかしく映ったでしょうが、溢れる涙を止められませんでした。読み終わって外に出たとき、鎌倉の空は青く美しかったですが、それすらも当たり前に感じられるほど心は澄んでいました。
掛け値なしのおすすめです。生徒には、この本のすばらしさが分かるような子どもとなってほしいですし、保護者の皆様にも是非読んでいただきたいと思います。

北乃きい主演で映画にもなっています。こちらもおすすめです。この映画のためにMr.Childrenは「くるみ」をアレンジし直して、それが主題歌となっています。ミスチルは大好きですが、この本を読んでから「くるみ-for the film-幸福な食卓」を聞くと彼らの偉大さを痛感し、また涙が止まらなくなります。

2011年11月の一冊『空へ向かう花』

罪を背負った子どもとそれを囲む人々の暗く温かいお話

大変にご無沙汰してます。 約一年ぶりの更新ですね。子どもたちとその周りにいる大人たちに是非とも読んでいただきたい本に出会いましたので、ご紹介いたします。
著者は小路幸也。「東京バンドワゴン」シリーズで有名ですが、恥ずかしながら著者の本を初めて読みました。登場人物の描き方、心情の描写、物語の進め方など、細かい所に気が遣われていて、ストレートでありながら深く、重くなりがちなところを温かく、心に響く小説でした。

『空へ向かう花』  小路幸也 / おすすめ学年 小学6年生~中学3年生

《大人の意地を見せてやるって思った。大人ってすごいんだって、子供のためにこんなことをしてくれるんだって思わせてやる。二人が大人になりたいって思ってくれるように。》

お気に入りの一節です。
ビルの屋上から小学六年生の少年が飛び降り自殺をしようとする場面から物語は始まります。それを阻止しようとする同じく小学六年生の少女。この少女も辛い過去を背負っています。困難の中で生きる道を模索する二人は、奇縁で結ばれており、その周りを囲む大人たちが、二人を見守り、力になる。主な登場人物は四人。この少なさが、この小説の良さを引きだしています。魅力ある四人の登場人物が視点を変えながら、重いテーマに立ち向かっていく様子に引き込まれました。
生きること、罪や悲しみや苦しみを抱えながら、それでも生きること。そのために必要なことは何かを教えてくれる小説です。保護者の皆様方にぜひ読んでいただきたい本です。

いよいよ受験シーズンが近づいてまいりました。今年はどんな作品が出題されるかも気になります。定番の重松清(「くちぶえ番長」「きみの友だち」)、対抗の椰月美智子(「しずかな日々」「十二歳」)、出題数急上昇中の森浩美(「夏を拾いに」「こちらの事情」)、大穴の宮下奈都(「よろこびの歌」「スコーレNo4」)、 根強い人気の川端裕人(「今ここにいるぼくらは」)など、幅広い作家・作品から出題されます。ただし、中学受験の国語では、間接的な心情描写を如何に読みとるかが大事で、間接表現の巧みな作家が取り上げられているということは間違いありません。小学生の国語力を試すという点では、個人的には重松清や椰月美智子、佐藤多佳子など直球勝負の作家を出題してほしいですね。
でも、今回紹介した「空へ向かう花」。必ずどこかの学校で出題されます。(自信アリ)

2011年1月の一冊『武士道シックスティーン』

二人の主人公(女の子)が「心」と「技」を磨く剣道小説

一月も終わりにさしかかり、受験直前の緊張感が塾には漂っております。受験にも正面からぶつかり、自分の力を最大限発揮していただきたいものです。仁義を以て尊しとなす。卑劣な行為をせずに日本人の「武士道」精神を。今の時期にぴったりの小説をご紹介します。
今回ご紹介するのは『武士道シックスティーン』剣道小説です。前回はボクシングで今回は剣道か、という感じですが、スポーツ小説は読書の入り口としては最適だと思います。

『武士道シックスティーン』 誉田哲也 / おすすめ学年 小学5年生~中学3年生

同い年の二人の視点が入れ替わりながら物語は進行します。幼い頃から強くなるためだけ、人を斬ることだけを目的に剣道をやってきた香織と、小学校で日本舞踊を経験し、中学から剣道を始めた早苗は同じ高校の剣道部に所属することとなります。香織の勝負へのこだわり方が非常に極端で面白く、また早苗の天然ぶりも微笑ましいものです。

とある因縁で結ばれた二人。二人の性格は180度違い、衝突し、それでもなかなか考えを曲げない頑固な二人。物語が進むにつれて、お互いが精神面、剣道の技術面で、少しずつ成長し、視野を広げていく様子が丁寧かつリズミカルに描かれます。

登場人物は個性豊かでありながら、それぞれに感情移入できる素敵な人物ばかりです。このシリーズ『武士道セブンティーン』『エイティーン』と続いていくのも納得です。シリーズものとして続きも楽しみな物語。女の子が主人公のスポーツ小説は珍しいですが、まさに「武士道」を感じさせるロックな小説でした。

2010年4月の一冊『ボックス!』

“努力の秀才”と”センスの野生児”の二人が織りなす感動と興奮のボクシング小説

四月も終わりにさしかかり、2010年初のおすすめです。今年もたくさんの新入生に入塾いただきました。読書離れ、ゆとり教育による学力低下などが叫ばれておりますが、現場の実感としては、読書に関しては、学校による朝読(朝の10分間読書)の効果からか、ご家庭の取り組みの成果か、少しずつ本を読む子どもが増えているように感じております。
今回紹介させていただくのは、Rookiesでお馴染み市原隼人が主演で映画化が決まりました『ボックス!』です。ボクシング小説ということで、「そんな野蛮な・・・」とお思いかもしれません。ただし、リアルを幻想的に、混沌をやさしく、暑苦しさを涼しく描くことに定評がある百田尚樹によって、非常に爽やかに書かれています。

『ボックス!』  百田尚樹 / おすすめ学年 小学5年生~中学3年生

主人公の優紀は、勉強面で努力をいとわず、非常に優秀。私立高校の特進クラスに在籍しています。ただ、ありがちなひ弱で勇気がなく運動神経がないタイプ。一方優紀の幼なじみの鏑矢(かぶらや)はやんちゃで勉強もできず、ボクシングとけんかの強さだけが自慢で、私立高校にはスポーツ推薦で進学してきました。偶然同じ学校に進むことになった二人。この二人を中心に物語は進行していきます。
ある事件をきっかけに優紀はボクシングの道を歩み始めます。同じ学校のボクシング部には「天才」と呼ばれる親友の鏑矢がいます。最初は何も出来ない優紀ですが、努力という才能を武器に、徐々に力をつけていきます。周囲も驚く成長を遂げた優紀と鏑矢はいつしかライバルに。成長と挫折を繊細かつ大胆に、爽やかでありながら熱く感動的に描き出したスポーツ小説。最後に勝つのは誰か?読み始めたら止まらない。一気に読み切れる小説です。

これを読んだら、中学生は高校に入ったらボクシングをやりたくなるかも?と思えるくらいボクシングの魅力も、努力することの大切さも詰まった小説でした。春から初夏に。爽やかな季節だからこそ読んで欲しい一冊です。格闘技好きのお子さんは是非。ボクシングに抵抗がある方にも是非ご一読下さい。少し見方が変わるかもしれません。

2009年12月の一冊『十二歳』

小学六年生の女の子の日常を等身大の目線で描いた物語

歳も暮れて参りまして、早十二月。今年は結局三冊しかご紹介できませんでした。(汗)
来年は倍増目指してがんばります。高校受験生は志望校を決定する時期にさしかかり、中学受験生は残り二ヶ月の追い込みが始まりました。師走の名の通り、走り回っている日々です。
さて、今回ご紹介いたしますのは、椰月美智子『十二歳』です。誰?という感じでしょうか。中学受験でおなじみの作家さんと言えば、重松清ですが、それに続く作家さんになるのではないかと私が密かに注目している一人です。

『十二歳』 椰月美智子 / おすすめ学年 小学5年生~中学3年生

十二歳といえば、小学校六年生から中学校一年生へと階段を駆け上がる年齢です。心身ともに大きく変貌を遂げるこの時期。考えていること、感じていること、体験すること。大人になってしまった今、いつしか美化されてしまったあの頃のみずみずしい日々を、小学校六年生の等身大の目線で書き上げた作品を見つけました。この作品は椰月さんのデビュー作ということで、荒さも目立ちますが、デビュー作ならではの、気持ちのこもった作品です。
主人公鈴木さえはポートボールが大好きな小学六年生。(ポートボールという響きすら懐かしすぎますが)友達と仲良くなったり、少し離れたり、ほのかな恋をしたり、友達の恋を応援したり。この物語の中で特別な出来事は起きません。小学六年生の日常が、小学生特有の盛り上がりを見せながら、不安定に進んでいきます。椰月さんが描きたかったのはきっとこの「不安定さ」なんでしょう。そして、さえは小学校を「卒業」します。その先も、さえが抱える悩みや、不安は変わりません。でも、さえは間違いなく「卒業」したのです。
人は生きていく中で、たくさんの卒業を繰り返しますが、すべての卒業はスタートラインでしかない。それを改めて感じさせてくれるそんな作品でした。

小学校高学年~中学生の女の子に是非読んでもらいたい作品でもあります。共感しながら読み進めて行くうちに、いつの間にか残りのページ数は少なくなっているはずです。
小学生の女の子が何を考えているか分からない、理解が出来ないというお母様、お父様。ご一読をおすすめいたします。思っているよりも大人で、また想像以上に幼い「十二歳」の姿をそこに発見できることでしょう。

2009年9月の一冊『ステップファザー・ステップ』

双子の継父となった泥棒のあったか~い話

またも更新が滞っておりましたが、久々にご紹介いたします。
今回ご紹介するのは宮部みゆきの『ステップファザー・ステップ』です。宮部みゆきといえば、『模倣犯』や『理由』などのミステリー小説が有名ですが、本作は小中学生でも入り込みやすい舞台背景と、何より魅力的な三人の登場人物の物語です。

『ステップファザー・ステップ』 宮部みゆき / おすすめ学年 小学5年生~中学3年生

両親がわけありで、同時に家を出てしまい、親不在の状況におかれた中学生の双子の男の子たち。事もあろうに雷の夜に双子の家の隣に空き巣に入ろうとした泥棒。残念ながら、雷に見舞われ、空き巣未遂に終わったところを双子に助けられます。双子は屈託のない笑顔を浮かべながら、ある条件をつきつけます。「僕ら指紋とっちゃった」「僕ら、二人の面倒を見ない?」「おとうさん!?」泥棒であることを黙っている代わりに、泥棒に父親代わりになることを求めます。「ステップファザー」とは継父のこと。
双子と主人公の泥棒のやり取りが面白く、つい引き込まれます。些細な事件から、大きな出来事が三人の周りで巻き起こり、それらを通して泥棒である「おとうさん」と「双子たち」が少しずつ絆を強めていく様子に、心をつかまれました。

いつか帰ってくるであろう本当の両親に気兼ねし、無邪気に慕ってくる「息子たち」との距離を置こうと思いながらも、「おとうさん」は、双子との生活にいつしかどっぷり浸かっていく主人公。

明るく軽い文体で、文庫本の表紙も『火車』や『模倣犯』のようなどす黒い色ではなく、内容に合わせて軽いものになっています。小中学生にも、お母様方にも読んでいただきたいお話です。受験も近づいてきて、空気が張り詰めてきた家庭にもこの一冊。心を温めましょう(笑)

2009年6月の一冊『陽気なギャングが地球を回す』

「正義」のギャング達の痛快小説 伊坂幸太郎入門書

受験期からいろいろな事情で忙殺されておりまして、久々の更新です。
読書家の生徒が増えてきて、手ごたえを感じている今日この頃です。
今回は、活字離れが叫ばれる世の中に一石を投じられる可能性を秘めた小説家、伊坂幸太郎の作品をご紹介いたします。軽妙洒脱なセリフ、言葉のセンス、散りばめられた伏線、秘められた皮肉にも似たメッセージと、読めば読むほど味が出る伊坂幸太郎。小学生には少し難しく今ひとつオススメは出来ませんが、読書に慣れ始めた中学生には是非読んで欲しいと思います。

『陽気なギャングが地球を回す』  伊坂幸太郎 / おすすめ学年 中学1年生~中学3年生

<文庫本の裏表紙から> 嘘を見抜く名人、天才スリ、演説の達人、精確な体内時計を持つ女。この四人の天才たちは百発百中の銀行強盗だった……はずが、思わぬ誤算が。せっかくの「売上」を、逃走中に、あろうことか同じく逃走中の現金輸送車襲撃犯に横取りされたのだ!奪還に動くや、仲間の息子に不穏な影が迫り、そして死体も出現。映画化で話題のハイテンポな都会派サスペンス!


読み終わった瞬間に面白い!と叫びたくなり、他の人にも紹介したくなる小説は数多くはありませんが、この小説は文句なしといったところでしょう。 銀行強盗であるにも関わらず、その行為を肯定したくなるようなそんな存在のキャラクターたち。テンポが良く、読み始めると最後まで「一気」と言った感じです。伊坂作品はそういった意味では麻薬ですね。
この「陽気なギャング~」は、実は、途中で何となく筋がわかってしまったわけですが、それでも読んだあとにすごくおもしろかった!と思えました。読者の知的好奇心を満足させつつ、部分的にそれを裏切り、最後には「やられた」と思う、そんな作品を書ける伊坂幸太郎は紛れもない天才です。

『陽気なギャングが地球を回す』は映画化もされており、こちらも非常に楽しめます。小説が映画化されるとがっかりすることが多いのですが、本書に関しては小説・映画二つ合わせて一つの作品と思わせてくれる出来でした。

伊坂ワールドへの第一歩として、太鼓判です。中毒症状にはくれぐれもお気をつけください。

2008年12月の一冊『しゃべれどもしゃべれども』

落語を通して自信をつける五人の心温まる物語

今月の一冊も第4回。
ネタ不足になっているわけではありませんが、再び佐藤多佳子の小説の紹介です。私自身が冬に読んだこともあり、何となく冬に読むと心があたたまるかな、と思い、ご紹介させていただきます。「落語」というテーマに抵抗をもっていても、すんなり入れます。保証します。

『しゃべれどもしゃべれども』 佐藤多佳子 / おすすめ学年 小学5年生~中学3年生

落語家の今昔亭三つ葉は、頑固で短気。型にこだわり、今ひとつ落語家として大成しない、主人公です。それにひょんなことから吃音の良、人前で素直になれない十河、関西弁の村林少年、口下手な解説者で元プロ野球選手の湯河原に落語を教えることとなります。
落語を教える中で、徐々に生徒たちの生活にも踏み込んでいく三つ葉。おせっかいが実って、それぞれの道を前へ進み始めます。

さて、佐藤多佳子は「一瞬の風になれ」でお馴染みの作者です。「一瞬の風になれ」を読んだ方は続けてこちらもどうぞ。本書はタイトルに惹かれて手にとって見たのがきっかけです。内容が落語ということもあり、テンポが良く、平易な文章の中にユーモアが溢れています。にやけながら、読み進めることができました。作品自体が一つの落語的面白さを持っています。そして、ラストへ向けて盛り上がります。最後の発表会まで一気に読みきることができました。いいセリフもたくさん散りばめられています。

「普通の子なんていやしませんよ。みんな独特です。大人が勝手に普通なんて枠をはめて安心するだけです」

自信を失いつつある三つ葉は考えます。
「自信って、いったいなんだろうな。自分の能力が評価される、自分の人柄が愛される、自分の立場が誇れる―そういうことだが、それより、何より、肝心なのは、自分で自分を”良し”と納得することかもしれない。”良し”の度が過ぎると、ナルシシズムに陥り、”良し”が足りないとコンプレックスにさいなまれる。だが、そんなに適量に配合された人間がいるわけがなく、たいていはうぬぼれたり、いじけたり、ぎくしゃくとみっともなく日々を生きている。」
「自分が大事だと思っているものから逃げると、絶対に後悔する」

十河のお茶の先生の言葉。
「一期一会というんだよ」
「お茶の心だよ。同じお茶会というのは決してない、どの会も生涯にただ一度限りだという心得さ。その年、季節、天候、顔ぶれ、それぞれの心模様、何もかもが違うんだよ。だからこそ、毎度毎度面倒な手順を踏んで同じことを繰り返し稽古するんだよ。ただ一度きりの、その場に臨むためにね」

ラストのおきまりのシーンはいらないような気もしますが。。。村林の落語の披露が終わった時点で、小説を終結させてよかったような気がします。

ほんのり温かく、でも、コテコテしていません。気分が少し暗い時、落ち込んでいるときに読むといいかもしれません。おすすめです。

2008年11月の一冊『上と外』

不思議な冒険体験を通して描かれる兄妹の絆

今月の一冊も第3回となりました。
今のところは順調に来ております。生徒さんからのブックレビューもいただいております。
第3回の作品は、授業で紹介したこともあり、小6、中2の多くの生徒が「ハマった」恩田陸の小説です。
恩田陸は他にも有名な「夜のピクニック」や「六番目の小夜子」など小中学生でも読みやすい小説が多数あります。また機を見てご紹介させていただければと思います。

『上と外』 恩田陸 / おすすめ学年 小学5年生~中学3年生

恩田陸の「リアル」なSFがここでも展開されます。「んーないんだろうな、でもありえなくはないな」レベルのファンタジーです。この「上と外」は大人でも読める冒険小説とでも言っておきましょう。大人は概して冒険しないものです。懐かしき冒険の世界へのいざないです。もちろん、小中学生なら、抵抗なく入り込めるでしょう。

物語の中心は楢崎一家、異母兄弟の練と千華子。二人の父親の賢。千華子の母親で練を育てた千鶴子。この四人の視点がかわるがわる物語は進みます。賢が住む南米のG国に3人が夏休みに遊びに行きます。序盤の設定の説明は少し長いですが、物語は予想だにしない展開に。

父母とはぐれた練と千華子がジャングルで一瞬一瞬を生き抜く感じが良く、心理状態の描写も巧みです。不思議な体験を通して、練と千華子の二人の絆の深まりが描かれていきます。二人が見つけた謎の遺跡。このあたりから一気に盛り上がります。

スピード感があり、次を期待させる書き方。四人の視点が次々に変わっていき、もったいぶられます。早く次が読みたいと思わせてくれます。先が読めない展開の連続で、物語は徐々に終末に向かいます。

いろいろとツッコミどころも満載の小説ですが、、、総じて、面白いと断言できます。以下、お気に入りの表現を抜粋しておきます。物語の内容とは関係ない言葉なので、ネタばれにはなりません。


「後悔っていうのはこの世で一番くだらないもんの一つだ。何も生み出さないし一銭にもなりゃしない。胸糞悪くなるだけだ。成功も失敗も一つの過程、一つの結果に過ぎないんだよ。そこでおしまいじゃない。長い長い流れの途中なんだ。(中略)人生は、何もしないでいるには長いが、何かをやりとげえるには短い」

「そう、感情はいつもあとからついてくる。実際に何かが起きているとき、何かが動いているときには、感情は湧いてこない。足を止めた時、動きが静止した時、ようやく自分にも感情があったことを思い出す。そして、自分が本当はどういう気持ちだったのかを確認できるのは更にもっとあとになってからなのだ。」

「いつだって甘えるのは大人の方だ。大人にはいろいろと逃げる場所があるが、子どもたちにはどこにも逃げる場所はない。自分たちが甘えても、子どもたちが逃げ出せないことを親はよく分かっている。ねえ許してね、分かってねと言えば子どもたちは頷いてくれる。子どもたちは自分がここにしか居場所がないことを知っているからだ。頷くことで、自分たちが大人の庇護を受けられることを承知しているからだ。」

「親は子どもにいつも嘘ばかりついている。また今度ね。そのうちね。そう言っていつも答を先送りにしている。」

最後の二つはお父様、お母様方は耳が痛いですか?(笑)失礼しました。


小6グリーンクラス 多田さんより

主人公の練は中学生の男の子。練は生まれて間もなく実母を亡くし、練の実父、賢はその後大学の後輩の千鶴子と再婚し、妹の千華子が産まれる。しかし、練が小学校に上がる頃、練の父、賢は千鶴子と離婚。練は父方の祖父母に預けられる。 複雑な家族関係の紹介で物語はスタートするが、この物語には暗さが感じられない。豪快な父に、美人で快活な千鶴子と千華子という設定のもと、テンポ良く話が進んでいく。 離婚し、はなればなれになったこの四人は夏休みに考古学者の賢のいる中米のG国で会うことになった。
しかし、そこでなんと四人はクーデターに巻き込まれるのである。ヘリコプターから練と千華子は森へ落下し、父母とはぐれてしまう。 熱帯雨林に放り出された二人はジャングルの中を助けを求めてさまよう。危険な迷走の中、千華子が高熱を出し途方に暮れる。

そんな二人の前に、ナゾの美少年があらわれる。
そして二人は――。

短文が多く、スピード感があり、ハラハラドキドキ。長編だが引きこまれる本である。

2008年10月の一冊『一瞬の風になれ』

小説全体を駆け抜けるスピード感が何よりの魅力

本屋大賞という賞がありまして、この賞はよくよく本を読んでいらっしゃる書店員の方々が選んだ賞ということで、芥川賞や直木賞といった選考基準が今ひとつ不明確な賞と違い、単純に「面白い!」と思える小説がこれまでは選ばれております。

第一回が小川洋子『博士の愛した数式』、第二回が恩田陸『夜のピクニック』となっており、いずれも設定が面白く、読み進む楽しみが味わえる名作です。また本屋大賞→映画化という流れもあるらしく、二作品ともヒット映画となっているようです。

そんな中、第三回の本屋大賞に選ばれたのが、この「一瞬の風になれ」です。ちなみに第四回は伊坂幸太郎「ゴールデンスランバー」。こちらは、それまでの「青春感動小説」路線からは少し外れております。
もちろん、とっても面白いですが。

余談が長くなりました。 紹介文に移ります。

『一瞬の風になれ』 佐藤多佳子 / おすすめ学年 小学5年生~中学3年生

一瞬の風。そのタイトル通りにストーリーは展開します。憧れの兄を持つ高校生新二が、それまでやっていたサッカーと決別し、陸上に目覚め、親友の連と共に風を紡ぎます。 連は天才肌で練習嫌い。人にちやほやされるのも嫌いで、でもスター。どこの部活にもこういう人がいるもんです。それに引き換え新二は、高校から陸上を始め、選手としてまったく未知数。ただ、足は速い。連ほどではないけれども、速い。

新二が成長していく過程がさわやかな追い風に吹かれるように描かれます。個性的ではありますが、どこにでもいそうな登場人物。でも、だからこそそれぞれの登場人物に感情移入しながら読み進めることが出来ます。陸上小説」という新たなジャンルでの新鮮味も感じられ、小説全体を駆け抜けるスピード感が何よりの魅力です。

残り20ページ、残り10ページ・・・ページをめくるのが、惜しい!久しぶりにそう思わせてくれる小説に出会ったような気がします。