女子高校で合唱を通して描かれる「べたべた」ではない青春物語 / 国語科 中本先生
受験シーズンが近づいて参りました。台風は大きな爪痕を日本に残し、そしてまた季節は進みます。この時期になると、小6、中3の受験生は目の色を変え始め、季節よりも猛烈なスピードで人間的な成長を果たします。私がこうして教壇に立ち(すばるには無論教壇はありませんが)、小中学生に授業をさせていただいているのは、この成長を見るためだと毎年思わされます。そして、受験。合格、不合格―。もちろん結果は出ます。でも、その先の人生の中でもいっとう大切で輝かしく、素敵な時間を過ごす中学、高校での日々は結果に左右されるものではありません。与えられた場所で輝いて欲しい、そう願っておりますし、すばるの卒業生はみな素晴らしい輝きを放っています。前置きが長くなりました。今回ご紹介するのは、とある新設の私立の女子校(第二志望になることが多い学校)が舞台のおはなし。それぞれの事情を抱えて入学する生徒たちが、自分の輝きを求め、合唱活動に取り組みます。
『よろこびの歌』 宮下奈都 / おすすめ学年:小学5年生~中学3年生
著名なバイオリニストを母に持つ主人公、御木元玲は音楽学校受験に失敗して舞台の明泉女子高校に入学します。音楽から遠ざかり、学校生活にも無気力な彼女。独りで「冬を纏う」孤高の存在でしたが、校内の合唱イベントで指揮を任されます。自分が歌うことではなく、周りと歌を作り上げることで、再び自分の居場所を見出していくという章から小説はスタートします。
その後、玲の5人のクラスメイトにそれぞれ視点が切り替わり、連作短編という形でストーリーは展開します。玲の章では、「脇役」であったクラスメイトたちのそれぞれの物語が紡がれていきます。「脇役」も、その人の人生にとってみればもちろん主役です。作者の「脇役観」がきっちりと表現されています。冒頭の玲の章から5人のクラスメイトの章を経て最後の玲の章まで、約半年。章が変わるごとに時間が進行して、合唱コンクールでの惨憺たる出来から、少しずつ玲とクラスメイトの交感が行われ、クライマックスを迎えます。
作者、宮下奈都のうまいところはこの物語を「べたべた」にしないところです。単なる友情物語、成長物語で完結しません。余計なものを削ぎ落として、思春期の揺れ動く心、ある点では非常に薄っぺらく、ある面では濃厚な人間関係、そういったモノを見事に描出しています。読者の心にじわじわと攻め込んでくる書き方は秀逸です。
あと注目して欲しいのは、情景描写。作者の目を通した風景の描写は確かに情景描写ではあるのですが、繊細でそれでいてくどくない、スタイリッシュな情景が描き出されます。ともすれば、しつこくわざとらしくなってしまう情景描写。それも宮下の手にかかれば、物語にこれ以上ないくらい溶け込んだ場面の切り取りとなります。表情のある情景描写ができる稀有な作家です。近々直木賞も持っていくでしょう。
『終わらない歌』というザ・ブルーハーツのかの名曲がタイトルとなっている続編も発売されています。本作『よろこびの歌』もハイロウズの曲名です。作品のスタイルとはギャップのあるロックな好みですよね。二作ともかなりおすすめの作品です。
この時期に取り上げる作品は、ここ数年「入試に出る」予想の作品でした。一年間意識して読書を続けましたが、中学受験の出題候補として、今年はめぼしい作品はありませんでした。昨年ご紹介した『あと少し、もう少し』と『くちびるに歌を』が引き続き一押しです。ただ、今回ご紹介した『よろこびの歌』は、高校入試でこそ狙われる作品でしょう。「大人」の読み方ができれば、相当数の言葉が胸に響くはずです。 作中で引っかかった言葉があります。「ここを第一志望として入ってきた子がどれくらいいるだろう。口に出さないだけで、行きたい高校は他にあった子が多いはずだ。大事なのは、口に出さない、というところだ。あきらめてここに来たのだと感じさせない知恵だ。」第一志望に入れなかった子たちはきっとそう考えてしまうのでしょう。でも、冒頭にも記したように、与えられた場所で輝ける受験を応援しています。受験する学校はどの学校も素晴らしい学校であるとお勧めできるよう残り100日余、可能な限り情報を集めてこれからの進路指導にあたりたいと思っております。
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