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2012年11月の一冊『くちびるに歌を』

2012.11.01

「心を一つに」十五歳の繊細な心の揺れを歌声に込めて描いたお話

すばるにも多く通っている横浜国大附属鎌倉中学校では、NHK合唱コンクール(通称Nコン)での入賞を目指して中学三年生有志で合唱団を結成し、春から夏、秋にかけて猛練習を行います。塾としては、「受験生の大変な時期に…」という思いはありますが、生徒の青春を可能な限り応援したいと考えています。もちろん、宿題忘れや勉強不足の時に「Nコンが忙しくて…」という言い訳は許しません(笑)。
そんな附属鎌倉中のNコンメンバーが今年8年ぶりに全国大会に出場し、何と金賞を取ってきました!(拍手) 塾生も四人ほど参加しており、鼻が高いです。ここのところ低迷していた附属のNコンですが、快挙を達成してくれました。
さて、そんなわけで、今回久しぶりにこのコーナーで紹介する小説「くちびるに歌を」は、中田永一の秀作で、そのNコンを目指す中学生の物語です。

『くちびるに歌を』  中田永一 / おすすめ学年 小学5年生~中学3年生


長崎県五島列島のとある中学校での合唱部。これまで顧問をしていた先生が産休に入り、変わりに臨時として、柏木先生が合唱部を指導していくことになります。柏木先生は、音楽のプロともいえる存在ですが、教師としては未知数です。いままで女子生徒しかいなかった合唱部でしたが、柏木先生の美しさに魅せられ男子生徒が多数入部します。

これまでは女子だけでやってきた合唱部にさざ波が立ち、挙句の果てにNコンへは、柏木先生の独断で混声でのエントリーとなります。そのコンサートでは、アンジェラアキ「手紙~拝啓 十五の君へ~」が課題曲として指定されます。この歌自体も素晴らしい歌ですし、泣くための準備は整ったな、と前半部分で思わされました。部員たちは柏木先生から実際に十五年後の自分へ向けて、手紙を出すように、との課題を出されます。繊細で複雑な中学生の「いま」と、十五年後の自分に対する思いを抱えながら合唱部の活動は続いていきます。

コンクールでの結果云々、よりも、人物の心にスポットを当てた中田永一こと乙一の描写に注目です。中田永一と言えば、名作「百瀬、こっちを向いて」ですが、今作でも「冴えない主人公」が健在です。多くの小説で、主人公は艱難辛苦を乗り越える英雄であったり、どこか影を持った魅力のある存在だったりしますが、この主人公は「冴えない」。残念ながらいい感じで冴えていません。その冴えない主人公で物語を引っ張ることに作者の力を感じます。

ただ、「百瀬、こっちを向いて」が秀逸な短編だったのに対して、中編小説という位置づけになる本作は、やや中だるみを感じました。それでも、ラストに向けての盛り上がりは良く、最後は期待を裏切らない終わり方です。「心を一つに」ベタな標語や掛け声は冷笑されてしまう昨今ですが、それは心を一つにすることの喜びを大人たちが与えられていないからではないでしょうか。合唱は、紛れもなくその体験をさせてあげられる稀有な集団行動です。附属中を筆頭に、鎌倉全体で合唱への取り組みがもっと高まればいいな、と思っております。

この時期に本作を紹介をしたのは、2013年度の中学入試で狙われそうな小説だったからです。昨年のこの時期にも、小路幸也の『空に向かう花』をご紹介しましたが、実際に出題されました。今年の一本勝負はこちらで行きたいと思います。