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2012年12月の一冊『あと少し、もう少し』

2012.12.01

十五歳の自分自身のすべてをかけて走り心のたすきをつなぐお話

どうしてかは分かりませんが、すばるには陸上部の生徒が多く在籍しています。それも長距離ランナーが多く、11月に七里ガ浜を駆け抜ける鎌倉市駅伝大会へ応援に行くのは、毎年の楽しみです。(今年は塾の仕事の都合で行けませんでしたが…)
中学生が己の青春の日々をかけて、普段教室で見せているのとは、また一味も二味も違う真剣な形相で走る姿には心を揺さぶられます。そんな生徒の姿と重ね合せて読んだこの小説は素晴らしく、最初の50ページで私の頬は既に濡れていました。
瀬尾まいこが書いた中学生の駅伝小説ということで、読む前から期待値は相当高かったわけですが、それを裏切らない2012年の最後にご紹介するにふさわしい小説です。

『あと少し、もう少し』  瀬尾まいこ / おすすめ学年 小学5年生~中学3年生


舞台はやや田舎の中学校。その陸上部の駅伝チームのお話。強豪とは言えませんが、毎年駅伝では県大会に出場していたレベルのチーム。しかし、これまでこのチームを引っ張ってきた鬼のような神のような顧問の先生が転任し、陸上の素人同然の先生が顧問となります。部長の桝井は、先生に気を遣い、チームを結成するために他の部活動からもメンバーを集め、何とか県大会の出場を果たそうと、陸上以外でも奔走します。本業以外での頑張りが仇となり、自身のタイムが伸び悩みます。
それでも、メンバーは桝井の頑張りに応えるべく、自分とも闘いながら、走り、そして襷をつないでいきます。

この小説のすごいところは、その構成です。主人公不在の書き方とでもいいましょうか。第一章は一区を走る設楽。第二章は二区を走る太田。といった具合で、各章がそのまま区間に割り当てられていて、すべて別の一人称で進みます。駅伝の襷とともに、一人一人の物語のたすきが渡されていく形で、ストーリーは進行します。区間を走る一人一人が主人公になれるこの書き方には、舌を巻きました。
一人一人のメンバーの個性が滲み出ていて、たすきが渡されるたびに、その想いがつながれていく展開は「絆」そのものでした。

一区を走る冴えない、いじめられっ子キャラ、設楽のセリフに早くも涙腺がゆるみます。
「がんばれという言葉が僕にはよくひびく。ありきたりの言葉がありがたいということを僕はここにいる誰よりもしっている。いじめられっ子だった僕を、ここまでみちびいてくれたのはこの言葉だ」
がんばれという言葉が嫌い、という人がいます。頑張れと言われても何を頑張ればいいか分からない。よく聞きます。そうなのでしょうか。そういう君こそそんなに「我(が)を張らなくて」いいじゃないか、と言いたくなります。応援なんです、その人のことを想って言った言葉は、どんな言葉でも力を持っているはずです。たとえ相手に届かなくても、その言葉に想いを込めて発すれば、必ずや意味があると思います。だから、私はいつも想いを込めて生徒に伝えます。「がんばれ」と。言葉を受け止めるのではなく、言葉に込められた想いを受け止めてほしい、そう願いながら。

ラストがやや淡泊ではありますが、それがこの作品の価値を落とすことにはなりません。駅伝スタイルのこの小説は一人にスポットが当たりすぎてもいけないのだと思います。それは、ラストを走る、部長でリーダーの桝井の章も然りです。「最後は感動的に…」としたいところですが、他のメンバーと同じウェイトで、淡々と描いたことに瀬尾まいこの配慮を感じました。

駅伝好き、青春小説好きは必読です。新たな名作の誕生です。同じく駅伝小説の名作といえば、今年『舟を編む』で本屋大賞を受賞した三浦しをん『風が強く吹いている』がありますが、それに勝るとも劣らない作品でした。

2012年皆様にとってどのような年だったでしょうか。すばるの1年は2月の受験が終わるまでは終わりません。これからのラストスパートに全力投球したいと思います。
今年もたくさんの別れと出会いがありました。生徒は、「別れ」のその時に一番輝いていて、その輝きはまた新たな出会いへのモチベーションを高めてくれます。生徒と過ごすその一日一日を大切に、それを次へとつないでいければ、きっとそれはお互いにとって幸せで、素敵なことでしょう。たくさんの素敵な出会いと別れをすばるではお待ちしております。

皆様が、今年一年間つないで来た「たすき」を来年に良い形で渡せますように、そう願っております。本年もすばるのホームページをご覧いただきありがとうございました。良いお年をお迎えください。