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2013年5月の一冊『ツナグ』

2013.05.23

生者と死者の心をつなぐリアルな空想のお話

さて、五月です。眩いばかりの新緑と街並みを彩るツツジの花。鎌倉が一番美しく輝く季節がやってきました。卒業生たちは、すばるを羽ばたき、それぞれの道で新たな挑戦を始めているようです。晴れやかな気持ちと一抹の寂しさがありますが、今はfacebookやLINEで気軽に「繋がって」いられるようになりました。嬉々として近況を発信する卒業生たちを確認すると、寂しさも幾分か和らぐように思います。また、たくさんの生徒が真新しい制服に身を包み、すばるを訪れてくれています。学校生活について語るその顔つきはデジタルでは伝わらない魅力いっぱいの輝かしいものでした。いつまでもそうした「つながり」を大切にしていきたいです。さて、今回ご紹介するのは、直木賞を受賞した辻村深月『ツナグ』です。死者と生者を会わせることのできる存在「ツナグ」が、主人公です。

『ツナグ』  辻村深月 / おすすめ学年 小学6年生~中学3年生


死んだ人間と生きた人間を結びつけ、会わせることができる使者(ツナグ)。このツナグを介して、この世を去った人間とたった一度だけ会うことができます。一人の人間の一生でツナグを使えるのは一度だけ。その機会を誰に使うのか。また、死者も、ツナグを介して生きている人に会うことが出来ます。死者は受け身の立場(指名待ち)ですが、死んでから生きている人に会えるのはたったの一度だけ。その機会を誰に使うのか。
突然死したアイドルが心の支えだったOL、年老いた母にがん告知できなかった頑固な息子、親友に抱いた嫉妬心に悩まされる女子高生、失踪した婚約者を待ち続ける会社員・・・といったように、登場人物が入れ替わり、連作短編の形で描かれるこの小説。設定だけ読むと、アニメや漫画の世界のようで、敬遠したくなるかもしれません。でも、そこにはこのあり得ない設定だからこそ表現できる、生と死の「リアル」が描かれています。

人の心の深い所にある「本心」。これを嫌味なく巧みに描出する辻村深月の筆致に注目です。辻村深月といえば、デビュー作『冷たい校舎の時は止まる』を代表として、どの作品でもある種の「怖さ」が特徴でした。この『ツナグ』で描かれる「怖さ」は、文庫版解説にもありましたが、やはり喪失感のように思います。たった一日会うだけで埋められるはずがない、大きな「命」というものの喪失感。一対一に近い本当にミクロなドラマですが、その世界観は無限の広がりを生んでいます。

やはり考えてしいます。自分ならこの「ツナグ」機会をいつに使うのか。妻なのか、息子なのか、それとも両親なのか。一人しか会えない。希望でもあり、後悔をも生みかねないこのシステム。一番会いたい人は誰か。読みながら、登場人物に感情移入しながら、自分を省みていました。きっと多くの読者がそうなることでしょう。この小説のすばらしさについて、ここで何を述べても始まりません。多くを語る必要はありません。読めば、読んでこそこの本の価値が分かります。新境地に突入した辻村深月の新たな代表作を是非ご一読ください。と、宣伝をして、この素晴らしい小説を書いてくれた作者に対しての感謝を「ツナグ」こととしたいと思います。