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2014年10月の一冊『世界地図の下書き』

2014.10.01

行き詰まった時の逃げ道や希望を教えてくれる少年たちの物語 / 国語科 中本先生

年一回の更新となっているこちらのコーナーです。これぞという本にはなかなか出会えず、選りすぐっていると筆が重くなります。楽しみにされている方、申し訳ありません。

人は「高い志を持った時」に自分の潜在的な力を開放し、大きな成果を得ることが出来るという話を良く聞きます。すばるでも実際に多く見受けられるサクセスケースです。でも、高い志を持つことだけが、人の力を引き出すのでしょうか。「自分がこうしたい」と思った日常のささやかな目標や、「大切な人を喜ばせたい」という身近な人への思いやり、「楽しもう。頑張ろう」といった漠然とした動機。いずれもが自分が成し遂げたい何かに対する弱くも確かな意志であることは間違いありません。そして、その想いは、積み重なれば大きな道しるべとなり、人を誘うことでしょう。だから背伸びをしすぎる必要はないんだ、とそんなことを考えたりもします。

『世界地図の下書き』 朝井リョウ / おすすめ学年:小学5年生~中学3年生

今回紹介する朝井リョウの「世界地図の下書き」が描こうとしているのは、身近な大切な人のために動く少年や少女。その心のつながりこそが魅力の小説です。この時期、「中学受験で使われそうな本」をご紹介するのが、大きなテーマとなっておりますので、その目線も含んでいます。

物語は、夏の祭事“蛍祭り”で小さな紙製のランタンに願いを込めて空に上げる“ランタン飛ばし”が行われていた、とある町が舞台となり、児童養護施設の子どもたちが中心となって進みます。

主人公となる小学6年生の太輔は、小3のときに両親を交通事故で亡くし、児童養護施設の「青葉おひさまの家」で暮らすことになります。様々な事情を抱える同い年や年下の仲間たちと暮らし、閉ざされた心が次第に開いていきます。いじめや「大人の事情」に翻弄されながらも、団結して太輔たちは、途絶えた“ランタン飛ばし”を復活させようと試みます。

朝井リョウのすごさは、人物の切り取り方、要するに人物観察の鋭さです。そして、感じ取った人物像を、巧みで繊細な描写で言葉に出来る作家です。その表現力は、若手小説家の中では、辻村深月と双璧でしょう。

朝井がこれまで描いてきた高校生、大学生、といった年代よりも一つ下の年齢層を主人公に置いたこの作品。小学生にしては考えが深すぎたり、行動が大人びていたりしているきらいがありますし、人物の描き分けにやや物足りなさも残りますが、それでも最後に大きなメッセージを残して物語は締めくくられました。直木賞受賞作『何者』でも同じ手法を取っていましたが、文学的に美しく終わるのではなく、伝えたいこと、言いたいことは言葉にして、表現する、というところに作家としての潔さを感じました。小説のラストは難しく、かの重松清ですら「読者に投げっぱなし」状態で終わることが多々あります。その点、批判を覚悟でメッセージを残す朝井の姿勢には、素直に感服します。

「いじめられたら逃げればいい。笑われたら、笑わない人を探しに行けばいい。うまくいかないって思ったら、その相手がほんとうの家族だったとしても、離れればいい。そのとき誰かに、逃げたって笑われてもいいの。」 「逃げた先にも、同じだけの希望があるはずだもん」

逃げること、そのことが負けではない。 与えられているもの、そのことがすべてではない。

自分の道、輝ける場所は必ずどこかにある。 それを生む出会いも必ずどこかにある。

だから、生きることに希望を持たなければいけない。

そういうメッセージではないでしょうか。逃げ場を失い、自分の殻に閉じこもってしまう子どもたち。社会に出ても周囲に認められず、自己肯定感が低い若者たち。そんな人たちに幾分かの勇気を朝井は与えてくれることでしょう。

さんざん褒めまくりましたが、私自身は結構読むのに苦労した本でした(笑) 今回は、「入試に出そうな本」が一つのテーマですので、個人的なオススメ度はそこまで高くなかったりします。

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