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2015年11月の一冊『とりつくしま』

2015.11.14

死後、モノに憑依して浮世を眺められる切なくも愛おしさに溢れた物語

再び半年ぶりの更新です。今回は、趣向を変えて重めでいきます。身近な人や、かけがえのない大切な存在がこの世を去った人の思いに寄り添って、書きたいと思います。

小学校二年生の時、父親に尋ねたことがありました。「お父さん、人は死んだらどうなるの?」父は、最初は笑っていましたが、急に真面目な顔になって答えました。「死んだら、無になる。何もない」と。 「無…。」その響きが当時8歳の私には怖くて怖くて仕方がありませんでした。その日は、泣き続け、一睡もできず苦しみました。でも、明けない夜はなく、やがて空は明るみ、カーテン越しに日が差し込んで来て、部屋を明るさと暖かさが包みました。その時、「生きている」ことを初めて実感したような気がします。こうして光溢れる朝を迎えられることは何て素晴らしいことなんだろう、これが生きてるってことなんだろう、と。

私たちの生には限りがあります。そして、生の後に待っているのは、やはり「無」です。想像すると怖くて恐ろしい。事実は時に小説よりも残酷です。でも、そうだとするなら小説や物語くらいは事実や現実よりも、優しいものであってもいいのではないでしょうか。「死」の続きを描いたり、「死」を希望として描いたりしてもいいのではないのでしょうか。今回ご紹介する東直子『とりつくしま』は死んだ後の魂のお話。救われない話も悲しい話もありますが、どこかで優しく、読む人の心に迫るお話が収められている、そんな秀作です。

『とりつくしま』 東直子 / おすすめ学年 小学6年生〜中学3年生

命を落としてしまったある人たちの魂に、「とりつくしま係」が問いかけます。この世に未練や後悔はありませんか? あるのなら、何かのモノになって戻ることができますよ、と。ただし、非生命体のみという条件で。そうして、遺された者たちに心残りがある魂たちは、モノに憑依します。ある母は息子のロージンバッグ(野球の投手が使う白い粉)になり、ある娘は母の補聴器になり、ある夫は妻の日記に、ある子供はよく遊んだ青いジャングルジムに…。

その姿は時に温かく、時に愛おしく、時に言いようのない悲しみに包まれています。全編を通して私が感じたのは、どこかやりきれない「切なさ」です。決して感動満載のお涙頂戴のお話ではありません。お気に入りは「ロージン」「日記」「青いの」です。特に「青いの」は、幼い子供が主人公となっていて、仲の良かった友達の姿をジャングルジムとして見たり、なかなか公園に遊びに来てくれないお母さんを待っていたりと、あまりのいたいけなさに胸が締め付けられます。

遺された人たちは、いつしか亡くなった自分との別れを受け入れます。自らの死を周囲の人たちが受け入れてしまう、その姿を見せつけられる残酷な真実の物語という捉え方もできるでしょう。でも、もし成仏という概念があるのなら、周囲が死を受け入れたその瞬間に、故人が抱えていたこの世への後悔や未練が、良きにせよ悪しきにせよ消えていくのかもしれません。

こんなことも考えました。もしかしたらこの時計にあの人が、ひょっとするとこのぬいぐるみにあの子が…。とか思っていると、身の回りのモノや故人が大切にしていたモノに対する愛着、そして労わる気持ちなども随分と変わって出てくるのではないでしょうか。

命を落としてしまったその人が、どんな形であれ、今も近くにいると感じることは、私たちにとって、また亡くなっていったその人にとって、優しく、豊かなことだという気がします。

当たり前のように私たちは毎日を生きています。でも、その当たり前は次の瞬間に失われるかもしれないのです。死はいつも私たちの隣にあるということを忘れてはいけません。そして、死後の世界などありません。天国にも行けませんし、生まれ変わることもありません。だからこそ、二度とないこの「生」を、毎日を、必死に輝かしく生き抜くべきだと私はそう思っています。

紹介の本筋とは少しずれてしまいましたが、少しだけ死生観について書かせていただきました。偏った考え方かもしれず、反感を与えてしまった場合は申し訳ありません。

本作を作り上げるために著者が死者の世界を想像し、気持ちに寄り添って書いたその過程は、どんなに辛く、切なかったことでしょう。この素敵な本への出会いと著者への感謝を込めてここに拙いながら紹介文を掲載させていただきます。

書店ではなかなかお目にかかれない当作品ですが、何らかの方法で皆様に入手していただき、この先も長く読み継がれていって欲しいと思っております。

中学受験出そうな作品と関係なくて申し訳ございません…。また書きます。

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