2015年5月の一冊『クラスメイツ』

誰もが自分という物語の主人公であることを再確認させてくれる24人の中学生の物語

半年ぶりの更新となりました。小学生向けで気軽に読めて、かつ受験にも頻出するこれぞという本が出ましたのでご紹介です。

今も、きっと昔もなんだと思いますが、少年少女たちは「キャラ作り」「キャラ設定」に必死です。「自分はそういうキャラじゃないから」とか「あの人とはキャラが違うから」と二言目には口にします。でもどうでしょう。私たち大人ですら自分の個性、自分の適正を見極めるのにものすごい時間がかかり、そして何十年と生きた今でさえ、「自分」というものをつかまえかねています。どうしてそんなにキャラが重要なんだろう。厳しいことを言えば「自分らしく」なんて言葉を使うのは、まだ早い。「らしさ」が決まっていない時こそ、うすっぺらい殻を破り前に進めばいい。閉じた扉をタタキつぶして進めばいい。どんどん新たな自分を見つけていけたら、それはとても素敵なことだと思います。

『クラスメイツ』 森絵都 / おすすめ学年:小学5年生~中学2年生

今回紹介する森絵都の「クラスメイツ」は、ある中学校一年生の24人学級のお話です。24人それぞれが主人公となる24の連作短編集ということになります。一人一人の物語は、当然ながら他のクラスメイトと多々絡み合いながら進みます。まず感心したのは、配列ですね。この順番でなければ物語にはならない、という絶妙の順番で物語は進行します。一人一人の個性がこれでもか、と浮き彫りにされる形で物語は進行します。

24人の中学生たちは、冒頭にも書いたキャラ設定が割り振られています。「お笑い」「リーダー」「不思議ちゃん」「食いしん坊」「不良」「ファッションリーダー」と中学生時代のことを思い返してみれば、「あぁ、あいつか」と脳裏に浮かぶのではないでしょうか。それぞれのキャラなりの苦しみがあり、自分が与えられたキャラを貫く生徒もいれば、それを抜け出そうともがく生徒もいます。そして、他人を見て様々な感情を抱きます。あの人みたいに面白ければ、あの人みたいに正直でいられたら、あの人みたいにおしゃれだったら。

大人からしてみれば、「そんなことで…」と思うこともあるでしょうが、子どもたちからすれば「大きな問題」となる日常の些細なことが物語の中心です。一人一人にスポットライトを当てながら些細な一年間を書いているので、全体的な物語感はどうしても薄まりますが、一つのクラスでの一年間はそんなに大きな出来事ばかりではありません。そういった意味では、リアリティのある小説でした。一方残念だったのは、全体の雰囲気が温かすぎることです。「少し田舎の少人数クラス」という舞台設定と予想されるので、どうしても仕方ないことですが、現実はもう少しトゲトゲしているし、多分もっと冷たい。一人一人のリアリティと全体のまとまりを追求したために犠牲にした部分でしょう。

会話が多く、超子ども目線で書かれていると言えます。対象年齢は低めでしょう。情景描写、間接表現の入門編として、友情や嫉妬などの感情の変化がわかりやすく描かれます。森絵都特有の色の描写、そして体言止めと口語文のバランスの良さがこの作品でもみられます。特筆すべきは本当に一人一人を主人公として描ききったところです。この登場人物のキャラクター描き分け能力は、恩田陸、誉田哲也と並んで現代エンタメ小説界ではトップクラスですね。

この本を読んだ小学生は一足先に中学生の視点を獲得することでしょう。その意味でも中学受験国語のテキストとして最適と言えます。読書はいつも読者に未知の価値観、世界を教えてくれます。文庫化はまだ先ですし、上巻下巻と二冊構成ですが、小学生高学年にこそおすすめの本です。さらにおすすめの読み方としては、ご家庭のどなたかも読んでいただくことです。(一冊1時間半もあれば読み終わります)そして、この物語を介して会話をしてください。「ここの描写は何を表しているんだろう」「この時、彼はどんな気持ちだったんだろうね」とか、好きなクラスメイツランキングや自分がこの物語の中にいたら誰と仲良しになるか、などの意見交換が出来たら、作者は感涙モノだと思いますし、二冊分の元が取れると思います(笑)

今年中にあと一冊は紹介したいと思います。 今度は中学生を意識した一冊にしたいですね。

《その他のおすすめ作品》

法政第二中学高等学校の情報

新校舎設立、共学化など話題沸騰の法政第二。
説明会で得た情報をお伝えします。

法政第二中学高等学校の公式HPはこちら

■2016年度より共学化
校舎の全面改築に伴って共学化に踏み切る
30年50年先を見据えた時に共学化が自然だろうという判断
今まで大切にしてきた教育理念を守るため

■カリキュラムについて
中学入試で入った生徒については、英数国など一部の科目で高校の先取りを行うが、高校から入学してくる生徒とも
混ざった状態で高1のクラスはつくられるため、高校に入ってまた一から学習をし直す予定とのこと。

■施設について
素晴らしいの一言。部活動をするのにも学習をするのにも学校生活を営むにも最高の環境。

■雑感
カリキュラムに関しては中高一貫生にはもったいなさが残ります。
混ざることの意味も大きいですが、一貫校の魅力をどう出していくかが今後の注目点です。
共学になっても、法政第二らしさは残ると思われます。
初年度の女子の入学については、不安もありますが、プラス面が多いのではないかと思います。

さらなる詳細についてご興味がある方は、レポートをご覧ください

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青山学院横浜英和中学高等学校の情報

一気に季節は進み、コートを羽織る日が増えてきました。受験生は勝負の冬休みを前に少しずつ緊張感が教室に漂い始めています。 この日は、青山学院との提携で注目される横浜英和女学院を訪問してきました。 注目の提携内容についてレポートしたいと思います。

■概要
・法人は変わらない。横浜英和学院と青山学院。
・独立している。あくまで系属校。
・校名は「青山学院横浜英和中学高等学校」正式決定
・2018年度入学生から共学化(現在の小学3年生)
・英和の伝統「学校給食」は続ける
・青山学院への進学
→2016年度入学者(現在5年生)70%以上が進学できる教育を行う
→2015年度入学者(現在6年生)60%が進学できる教育を行う

■雑感
今回の提携については、昨年の10月10日に青山学院大学の方からアプローチがあったそうです。青山学院大学はプロテスタント系のキリスト教メソジズム教育をベースに建学された学院でしたが、近年、創立の精神が日に日に薄れていくことを危惧しているとのこと。中高一貫校でキリスト教の考え方、精神を得心している子どもに入学してほしいという想いから横浜英和女学院との提携に踏み切ったそうです。同じように提携を結んでいる横須賀学院はおよそ30%と謳っておりますので、比べ物にならない確率ですね…
華やかさを控えたやや落ち着いた印象があった横浜英和ですが、あまりにも大きな転機を迎え、校風もドラスティックに変化していきそうです。パンフレットの色調やエッセンスも様変わりし、新校舎も昨年出来上がったばかり。場所の問題は多少ありますが、丘の上が明るくなったように感じます。生まれ変わった青山学院横浜英和として、これからどう色を出していくのでしょうか、注目して見ていきたいと思います。
写真は、英和名物険しい階段と昨年建立の校舎新棟です。写真にセンスがなくスミマセン。。。

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2014年10月の一冊『世界地図の下書き』

行き詰まった時の逃げ道や希望を教えてくれる少年たちの物語 / 国語科 中本先生

年一回の更新となっているこちらのコーナーです。これぞという本にはなかなか出会えず、選りすぐっていると筆が重くなります。楽しみにされている方、申し訳ありません。

人は「高い志を持った時」に自分の潜在的な力を開放し、大きな成果を得ることが出来るという話を良く聞きます。すばるでも実際に多く見受けられるサクセスケースです。でも、高い志を持つことだけが、人の力を引き出すのでしょうか。「自分がこうしたい」と思った日常のささやかな目標や、「大切な人を喜ばせたい」という身近な人への思いやり、「楽しもう。頑張ろう」といった漠然とした動機。いずれもが自分が成し遂げたい何かに対する弱くも確かな意志であることは間違いありません。そして、その想いは、積み重なれば大きな道しるべとなり、人を誘うことでしょう。だから背伸びをしすぎる必要はないんだ、とそんなことを考えたりもします。

『世界地図の下書き』 朝井リョウ / おすすめ学年:小学5年生~中学3年生

今回紹介する朝井リョウの「世界地図の下書き」が描こうとしているのは、身近な大切な人のために動く少年や少女。その心のつながりこそが魅力の小説です。この時期、「中学受験で使われそうな本」をご紹介するのが、大きなテーマとなっておりますので、その目線も含んでいます。

物語は、夏の祭事“蛍祭り”で小さな紙製のランタンに願いを込めて空に上げる“ランタン飛ばし”が行われていた、とある町が舞台となり、児童養護施設の子どもたちが中心となって進みます。

主人公となる小学6年生の太輔は、小3のときに両親を交通事故で亡くし、児童養護施設の「青葉おひさまの家」で暮らすことになります。様々な事情を抱える同い年や年下の仲間たちと暮らし、閉ざされた心が次第に開いていきます。いじめや「大人の事情」に翻弄されながらも、団結して太輔たちは、途絶えた“ランタン飛ばし”を復活させようと試みます。

朝井リョウのすごさは、人物の切り取り方、要するに人物観察の鋭さです。そして、感じ取った人物像を、巧みで繊細な描写で言葉に出来る作家です。その表現力は、若手小説家の中では、辻村深月と双璧でしょう。

朝井がこれまで描いてきた高校生、大学生、といった年代よりも一つ下の年齢層を主人公に置いたこの作品。小学生にしては考えが深すぎたり、行動が大人びていたりしているきらいがありますし、人物の描き分けにやや物足りなさも残りますが、それでも最後に大きなメッセージを残して物語は締めくくられました。直木賞受賞作『何者』でも同じ手法を取っていましたが、文学的に美しく終わるのではなく、伝えたいこと、言いたいことは言葉にして、表現する、というところに作家としての潔さを感じました。小説のラストは難しく、かの重松清ですら「読者に投げっぱなし」状態で終わることが多々あります。その点、批判を覚悟でメッセージを残す朝井の姿勢には、素直に感服します。

「いじめられたら逃げればいい。笑われたら、笑わない人を探しに行けばいい。うまくいかないって思ったら、その相手がほんとうの家族だったとしても、離れればいい。そのとき誰かに、逃げたって笑われてもいいの。」 「逃げた先にも、同じだけの希望があるはずだもん」

逃げること、そのことが負けではない。 与えられているもの、そのことがすべてではない。

自分の道、輝ける場所は必ずどこかにある。 それを生む出会いも必ずどこかにある。

だから、生きることに希望を持たなければいけない。

そういうメッセージではないでしょうか。逃げ場を失い、自分の殻に閉じこもってしまう子どもたち。社会に出ても周囲に認められず、自己肯定感が低い若者たち。そんな人たちに幾分かの勇気を朝井は与えてくれることでしょう。

さんざん褒めまくりましたが、私自身は結構読むのに苦労した本でした(笑) 今回は、「入試に出そうな本」が一つのテーマですので、個人的なオススメ度はそこまで高くなかったりします。

《その他のおすすめ作品》

2013年10月の一冊『よろこびの歌』

女子高校で合唱を通して描かれる「べたべた」ではない青春物語 / 国語科 中本先生

受験シーズンが近づいて参りました。台風は大きな爪痕を日本に残し、そしてまた季節は進みます。この時期になると、小6、中3の受験生は目の色を変え始め、季節よりも猛烈なスピードで人間的な成長を果たします。私がこうして教壇に立ち(すばるには無論教壇はありませんが)、小中学生に授業をさせていただいているのは、この成長を見るためだと毎年思わされます。そして、受験。合格、不合格―。もちろん結果は出ます。でも、その先の人生の中でもいっとう大切で輝かしく、素敵な時間を過ごす中学、高校での日々は結果に左右されるものではありません。与えられた場所で輝いて欲しい、そう願っておりますし、すばるの卒業生はみな素晴らしい輝きを放っています。前置きが長くなりました。今回ご紹介するのは、とある新設の私立の女子校(第二志望になることが多い学校)が舞台のおはなし。それぞれの事情を抱えて入学する生徒たちが、自分の輝きを求め、合唱活動に取り組みます。

『よろこびの歌』 宮下奈都 / おすすめ学年:小学5年生~中学3年生

著名なバイオリニストを母に持つ主人公、御木元玲は音楽学校受験に失敗して舞台の明泉女子高校に入学します。音楽から遠ざかり、学校生活にも無気力な彼女。独りで「冬を纏う」孤高の存在でしたが、校内の合唱イベントで指揮を任されます。自分が歌うことではなく、周りと歌を作り上げることで、再び自分の居場所を見出していくという章から小説はスタートします。

その後、玲の5人のクラスメイトにそれぞれ視点が切り替わり、連作短編という形でストーリーは展開します。玲の章では、「脇役」であったクラスメイトたちのそれぞれの物語が紡がれていきます。「脇役」も、その人の人生にとってみればもちろん主役です。作者の「脇役観」がきっちりと表現されています。冒頭の玲の章から5人のクラスメイトの章を経て最後の玲の章まで、約半年。章が変わるごとに時間が進行して、合唱コンクールでの惨憺たる出来から、少しずつ玲とクラスメイトの交感が行われ、クライマックスを迎えます。

作者、宮下奈都のうまいところはこの物語を「べたべた」にしないところです。単なる友情物語、成長物語で完結しません。余計なものを削ぎ落として、思春期の揺れ動く心、ある点では非常に薄っぺらく、ある面では濃厚な人間関係、そういったモノを見事に描出しています。読者の心にじわじわと攻め込んでくる書き方は秀逸です。
あと注目して欲しいのは、情景描写。作者の目を通した風景の描写は確かに情景描写ではあるのですが、繊細でそれでいてくどくない、スタイリッシュな情景が描き出されます。ともすれば、しつこくわざとらしくなってしまう情景描写。それも宮下の手にかかれば、物語にこれ以上ないくらい溶け込んだ場面の切り取りとなります。表情のある情景描写ができる稀有な作家です。近々直木賞も持っていくでしょう。

『終わらない歌』というザ・ブルーハーツのかの名曲がタイトルとなっている続編も発売されています。本作『よろこびの歌』もハイロウズの曲名です。作品のスタイルとはギャップのあるロックな好みですよね。二作ともかなりおすすめの作品です。

この時期に取り上げる作品は、ここ数年「入試に出る」予想の作品でした。一年間意識して読書を続けましたが、中学受験の出題候補として、今年はめぼしい作品はありませんでした。昨年ご紹介した『あと少し、もう少し』と『くちびるに歌を』が引き続き一押しです。ただ、今回ご紹介した『よろこびの歌』は、高校入試でこそ狙われる作品でしょう。「大人」の読み方ができれば、相当数の言葉が胸に響くはずです。 作中で引っかかった言葉があります。「ここを第一志望として入ってきた子がどれくらいいるだろう。口に出さないだけで、行きたい高校は他にあった子が多いはずだ。大事なのは、口に出さない、というところだ。あきらめてここに来たのだと感じさせない知恵だ。」第一志望に入れなかった子たちはきっとそう考えてしまうのでしょう。でも、冒頭にも記したように、与えられた場所で輝ける受験を応援しています。受験する学校はどの学校も素晴らしい学校であるとお勧めできるよう残り100日余、可能な限り情報を集めてこれからの進路指導にあたりたいと思っております。

《その他のおすすめ作品》

2013年5月の一冊『ツナグ』

生者と死者の心をつなぐリアルな空想のお話

さて、五月です。眩いばかりの新緑と街並みを彩るツツジの花。鎌倉が一番美しく輝く季節がやってきました。卒業生たちは、すばるを羽ばたき、それぞれの道で新たな挑戦を始めているようです。晴れやかな気持ちと一抹の寂しさがありますが、今はfacebookやLINEで気軽に「繋がって」いられるようになりました。嬉々として近況を発信する卒業生たちを確認すると、寂しさも幾分か和らぐように思います。また、たくさんの生徒が真新しい制服に身を包み、すばるを訪れてくれています。学校生活について語るその顔つきはデジタルでは伝わらない魅力いっぱいの輝かしいものでした。いつまでもそうした「つながり」を大切にしていきたいです。さて、今回ご紹介するのは、直木賞を受賞した辻村深月『ツナグ』です。死者と生者を会わせることのできる存在「ツナグ」が、主人公です。

『ツナグ』  辻村深月 / おすすめ学年 小学6年生~中学3年生


死んだ人間と生きた人間を結びつけ、会わせることができる使者(ツナグ)。このツナグを介して、この世を去った人間とたった一度だけ会うことができます。一人の人間の一生でツナグを使えるのは一度だけ。その機会を誰に使うのか。また、死者も、ツナグを介して生きている人に会うことが出来ます。死者は受け身の立場(指名待ち)ですが、死んでから生きている人に会えるのはたったの一度だけ。その機会を誰に使うのか。
突然死したアイドルが心の支えだったOL、年老いた母にがん告知できなかった頑固な息子、親友に抱いた嫉妬心に悩まされる女子高生、失踪した婚約者を待ち続ける会社員・・・といったように、登場人物が入れ替わり、連作短編の形で描かれるこの小説。設定だけ読むと、アニメや漫画の世界のようで、敬遠したくなるかもしれません。でも、そこにはこのあり得ない設定だからこそ表現できる、生と死の「リアル」が描かれています。

人の心の深い所にある「本心」。これを嫌味なく巧みに描出する辻村深月の筆致に注目です。辻村深月といえば、デビュー作『冷たい校舎の時は止まる』を代表として、どの作品でもある種の「怖さ」が特徴でした。この『ツナグ』で描かれる「怖さ」は、文庫版解説にもありましたが、やはり喪失感のように思います。たった一日会うだけで埋められるはずがない、大きな「命」というものの喪失感。一対一に近い本当にミクロなドラマですが、その世界観は無限の広がりを生んでいます。

やはり考えてしいます。自分ならこの「ツナグ」機会をいつに使うのか。妻なのか、息子なのか、それとも両親なのか。一人しか会えない。希望でもあり、後悔をも生みかねないこのシステム。一番会いたい人は誰か。読みながら、登場人物に感情移入しながら、自分を省みていました。きっと多くの読者がそうなることでしょう。この小説のすばらしさについて、ここで何を述べても始まりません。多くを語る必要はありません。読めば、読んでこそこの本の価値が分かります。新境地に突入した辻村深月の新たな代表作を是非ご一読ください。と、宣伝をして、この素晴らしい小説を書いてくれた作者に対しての感謝を「ツナグ」こととしたいと思います。

2012年12月の一冊『あと少し、もう少し』

十五歳の自分自身のすべてをかけて走り心のたすきをつなぐお話

どうしてかは分かりませんが、すばるには陸上部の生徒が多く在籍しています。それも長距離ランナーが多く、11月に七里ガ浜を駆け抜ける鎌倉市駅伝大会へ応援に行くのは、毎年の楽しみです。(今年は塾の仕事の都合で行けませんでしたが…)
中学生が己の青春の日々をかけて、普段教室で見せているのとは、また一味も二味も違う真剣な形相で走る姿には心を揺さぶられます。そんな生徒の姿と重ね合せて読んだこの小説は素晴らしく、最初の50ページで私の頬は既に濡れていました。
瀬尾まいこが書いた中学生の駅伝小説ということで、読む前から期待値は相当高かったわけですが、それを裏切らない2012年の最後にご紹介するにふさわしい小説です。

『あと少し、もう少し』  瀬尾まいこ / おすすめ学年 小学5年生~中学3年生


舞台はやや田舎の中学校。その陸上部の駅伝チームのお話。強豪とは言えませんが、毎年駅伝では県大会に出場していたレベルのチーム。しかし、これまでこのチームを引っ張ってきた鬼のような神のような顧問の先生が転任し、陸上の素人同然の先生が顧問となります。部長の桝井は、先生に気を遣い、チームを結成するために他の部活動からもメンバーを集め、何とか県大会の出場を果たそうと、陸上以外でも奔走します。本業以外での頑張りが仇となり、自身のタイムが伸び悩みます。
それでも、メンバーは桝井の頑張りに応えるべく、自分とも闘いながら、走り、そして襷をつないでいきます。

この小説のすごいところは、その構成です。主人公不在の書き方とでもいいましょうか。第一章は一区を走る設楽。第二章は二区を走る太田。といった具合で、各章がそのまま区間に割り当てられていて、すべて別の一人称で進みます。駅伝の襷とともに、一人一人の物語のたすきが渡されていく形で、ストーリーは進行します。区間を走る一人一人が主人公になれるこの書き方には、舌を巻きました。
一人一人のメンバーの個性が滲み出ていて、たすきが渡されるたびに、その想いがつながれていく展開は「絆」そのものでした。

一区を走る冴えない、いじめられっ子キャラ、設楽のセリフに早くも涙腺がゆるみます。
「がんばれという言葉が僕にはよくひびく。ありきたりの言葉がありがたいということを僕はここにいる誰よりもしっている。いじめられっ子だった僕を、ここまでみちびいてくれたのはこの言葉だ」
がんばれという言葉が嫌い、という人がいます。頑張れと言われても何を頑張ればいいか分からない。よく聞きます。そうなのでしょうか。そういう君こそそんなに「我(が)を張らなくて」いいじゃないか、と言いたくなります。応援なんです、その人のことを想って言った言葉は、どんな言葉でも力を持っているはずです。たとえ相手に届かなくても、その言葉に想いを込めて発すれば、必ずや意味があると思います。だから、私はいつも想いを込めて生徒に伝えます。「がんばれ」と。言葉を受け止めるのではなく、言葉に込められた想いを受け止めてほしい、そう願いながら。

ラストがやや淡泊ではありますが、それがこの作品の価値を落とすことにはなりません。駅伝スタイルのこの小説は一人にスポットが当たりすぎてもいけないのだと思います。それは、ラストを走る、部長でリーダーの桝井の章も然りです。「最後は感動的に…」としたいところですが、他のメンバーと同じウェイトで、淡々と描いたことに瀬尾まいこの配慮を感じました。

駅伝好き、青春小説好きは必読です。新たな名作の誕生です。同じく駅伝小説の名作といえば、今年『舟を編む』で本屋大賞を受賞した三浦しをん『風が強く吹いている』がありますが、それに勝るとも劣らない作品でした。

2012年皆様にとってどのような年だったでしょうか。すばるの1年は2月の受験が終わるまでは終わりません。これからのラストスパートに全力投球したいと思います。
今年もたくさんの別れと出会いがありました。生徒は、「別れ」のその時に一番輝いていて、その輝きはまた新たな出会いへのモチベーションを高めてくれます。生徒と過ごすその一日一日を大切に、それを次へとつないでいければ、きっとそれはお互いにとって幸せで、素敵なことでしょう。たくさんの素敵な出会いと別れをすばるではお待ちしております。

皆様が、今年一年間つないで来た「たすき」を来年に良い形で渡せますように、そう願っております。本年もすばるのホームページをご覧いただきありがとうございました。良いお年をお迎えください。

2012年11月の一冊『くちびるに歌を』

「心を一つに」十五歳の繊細な心の揺れを歌声に込めて描いたお話

すばるにも多く通っている横浜国大附属鎌倉中学校では、NHK合唱コンクール(通称Nコン)での入賞を目指して中学三年生有志で合唱団を結成し、春から夏、秋にかけて猛練習を行います。塾としては、「受験生の大変な時期に…」という思いはありますが、生徒の青春を可能な限り応援したいと考えています。もちろん、宿題忘れや勉強不足の時に「Nコンが忙しくて…」という言い訳は許しません(笑)。
そんな附属鎌倉中のNコンメンバーが今年8年ぶりに全国大会に出場し、何と金賞を取ってきました!(拍手) 塾生も四人ほど参加しており、鼻が高いです。ここのところ低迷していた附属のNコンですが、快挙を達成してくれました。
さて、そんなわけで、今回久しぶりにこのコーナーで紹介する小説「くちびるに歌を」は、中田永一の秀作で、そのNコンを目指す中学生の物語です。

『くちびるに歌を』  中田永一 / おすすめ学年 小学5年生~中学3年生


長崎県五島列島のとある中学校での合唱部。これまで顧問をしていた先生が産休に入り、変わりに臨時として、柏木先生が合唱部を指導していくことになります。柏木先生は、音楽のプロともいえる存在ですが、教師としては未知数です。いままで女子生徒しかいなかった合唱部でしたが、柏木先生の美しさに魅せられ男子生徒が多数入部します。

これまでは女子だけでやってきた合唱部にさざ波が立ち、挙句の果てにNコンへは、柏木先生の独断で混声でのエントリーとなります。そのコンサートでは、アンジェラアキ「手紙~拝啓 十五の君へ~」が課題曲として指定されます。この歌自体も素晴らしい歌ですし、泣くための準備は整ったな、と前半部分で思わされました。部員たちは柏木先生から実際に十五年後の自分へ向けて、手紙を出すように、との課題を出されます。繊細で複雑な中学生の「いま」と、十五年後の自分に対する思いを抱えながら合唱部の活動は続いていきます。

コンクールでの結果云々、よりも、人物の心にスポットを当てた中田永一こと乙一の描写に注目です。中田永一と言えば、名作「百瀬、こっちを向いて」ですが、今作でも「冴えない主人公」が健在です。多くの小説で、主人公は艱難辛苦を乗り越える英雄であったり、どこか影を持った魅力のある存在だったりしますが、この主人公は「冴えない」。残念ながらいい感じで冴えていません。その冴えない主人公で物語を引っ張ることに作者の力を感じます。

ただ、「百瀬、こっちを向いて」が秀逸な短編だったのに対して、中編小説という位置づけになる本作は、やや中だるみを感じました。それでも、ラストに向けての盛り上がりは良く、最後は期待を裏切らない終わり方です。「心を一つに」ベタな標語や掛け声は冷笑されてしまう昨今ですが、それは心を一つにすることの喜びを大人たちが与えられていないからではないでしょうか。合唱は、紛れもなくその体験をさせてあげられる稀有な集団行動です。附属中を筆頭に、鎌倉全体で合唱への取り組みがもっと高まればいいな、と思っております。

この時期に本作を紹介をしたのは、2013年度の中学入試で狙われそうな小説だったからです。昨年のこの時期にも、小路幸也の『空に向かう花』をご紹介しましたが、実際に出題されました。今年の一本勝負はこちらで行きたいと思います。