進学校の高校入試の採点をめぐる疑いと怨念と正義の学校ミステリ
まずはじめに、今回ご紹介する一冊は入試には出ません。テーマが「入試をぶっつぶす!」ですからね(笑)
世間を賑わせている入試の採点ミス問題。2016年度入試でも、中学受験ではすばるでも馴染みのある湘南の学校で、高校受験では横須賀地域のトップ校を含む多くの学校で発覚しています。人間が採点業務をしている以上、ミスが出る可能性を0にすることは出来ませんが、人生の岐路である入試でそれが起きてしまうことは、やはり大きな問題です。今回ご紹介する『高校入試』は、ある公立高校での入試当日を舞台にした、「入試テロ」とでも呼ぶべき学校ミステリです。(小説内で殺人は起きません。ご安心ください)
長澤まさみ主演でドラマ化もされていました。
『高校入試』 湊かなえ / おすすめ学年 中学1年生〜中学3年生
「入試をぶっつぶす!」入試前日に犯人からの予告とも取れる張り紙が校舎に貼られますが、「どうせいたずらだろう」と高をくくる教員たち。特別な警戒態勢を敷くことなく入試当日を迎えます。入学試験当日、ネット上の掲示板に問題のリークや試験会場の実況中継が次々と書き込まれます。もちろん、生徒たちが携帯を持ち込むことは禁止されている「はず」なのにです。2011年に京都大学での入試でYahoo!知恵袋に問題を投稿して解答を得ていた事件も記憶に新しいですが、それを彷彿とさせる行為ですね。
入試も終盤に差し掛かり、最終科目の英語の時間に生徒の携帯電話が教室に鳴り響きます。さらに、回収後に答案用紙が足りないという事態も起こり、事件性が徐々に増してきます。まごつき、狼狽し、責任転嫁をしようとする先生たちの動きは客観視すれば滑稽そのものですが、教育現場にいるものとしては、背筋が凍るような出来事です。
次第に犯人の動機とともに計画の全貌が明らかになっていき、よもやの展開で物語は幕を閉じます。心の奥をえぐるような描写が読者を惹きつけます。小説としての面白さは、ところどころ挿入されるネット掲示板と思われる書き込みの一文。不穏な感じが心にザワつきを刷り込みます。著者湊かなえは、いつも小説の新たな可能性や文字ならではの楽しみ方を教えてくれます。一方で、生徒や先生の心情や表情が目まぐるしく変わっていく姿や、当事者以外の周囲の受験生たちの様子などを、BGMで煽りながら映像化したら一層展開の妙が際立つかな、とも思いました。映像でも合わせて楽しみたい作品です。
地域随一の進学校「一高」で起こる事件。合格したら学習机を捨てるという伝説がある学校です。(学歴の最終目標で入学できたら、もう以降は勉強する必要がないということ)
皮肉たっぷりな表現は、高校受験よりもむしろ過当競争となっている中学受験にこそ当てはまるかもしれません。開成中に合格するために親子で走り続け、目標を達成したらもう親子で会話することもなくなった、、、とかも現実にありそうです。なぜ学ぶのか、何のために誰のために受験をするのか、そして合格って何なのか。著者は読者に、受験生に、私たち教育従事者にも突きつけます。
稀代のストーリーテラー湊かなえの入門編と言える作品。それでも登場人物が多く、視点が次から次へと切り替わるので読書に慣れていない子には読みづらい作品です。伊坂幸太郎や百田尚樹などもこの手法を取っていますので、そちらに読み慣れている人は抵抗なく読めるはずです。今回は、本自体の魅力というよりもテーマ性と入試について再考するきっかけとなればと思いご紹介しました。刊行当時は、「そんなこと、ないない」という世論だったかもしれませんが、現実に繰り返される入試トラブルは、本作のような事件の引き金となる可能性もあります。
湊かなえ作品の特長は何と言ってもゾクゾクくる”こわさ”です。本作でも健在ですが、題材が題材だけにおどろおどろしさにも少々手加減を感じます。家族のゴタゴタ、女同士のドロドロを描かせるなら桐野夏生か湊かなえですね。もっと”こわさ”を味わいたければ、『告白』→『夜行観覧車』と読むと良いでしょう。
学校ミステリをもっと読みたい方は、辻村深月『冷たい校舎の時は止まる』か宮部みゆき『ソロモンの偽証』がオススメです。小学生向けミステリなら、乙一『銃とチョコレート』なんかはいいかもしれません。
いよいよ夏がやってきます。すばるの生徒たちにとって二度と来ない受験生の夏です。楽しく意味のある学びを提供し、自らの道を自分の力で切り拓いていく、その光明を見出してもらいたいと思っております。自らの未来を賭して挑んだ大事な入試で、採点ミスのような愚行が起きないことを心から祈りつつ。
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